以前、嚥下障害で高名なF本先生(医師)が、
うちの棚橋学院長が考案した嚥下障害の手術(棚橋法)を初めて実施する時、
患者さんに「ウサギでは成功している。あんたどうする?」と迫った、
と話されていた・・というエピソードがありました(ブログはコチラ)。
昨日、学院長にその話について聞いてみました。
すると・・・
「うん、そういう風になんだか広まっているんだけど事実は違うんだよね」
当時、棚橋先生は、手術の話を患者さんに切り出すのにすごく逡巡して、
なかなか提案できず1年くらい悩んでいたそうです。
「だって、ウサギと人間じゃ違うからさ」
至極ごもっとも。
しかし、ようやく話したところ患者さんは受け入れられたそうです。
「あの時、あの人が決心したから
(今、棚橋法がメジャーな術式となるまでに至った)」
私はその時初めてその患者さんが若い女性であったことを知りました。
嚥下障害となって7年間、
ひどい栄養障害の状態にあったそうですが、
当時の医学では十分な治療方法がなく・・・。
そして無事手術は成功。
患者さんは食事がとれるようになったのです。
「でもね、栄養状態が悪かった期間が長かったから
体がボロボロになっていてね。
僕は『そんな体でやめろ』っていったんだけど、
その後結婚して2人も子どもを産んでさ・・」
言葉とはうらはらに、とても優しい表情でした。
日本で、いえ世界で初めての手術を、
棚橋先生を信頼して決心した患者さん・・。
その信頼関係は、
きっと棚橋先生が悩んでおられた1年間に築き上げられたのではないでしょうか。
その患者さんはおっしゃったそうです。
「この1年、
先生が私のために一生懸命研究されていたのを知っています」と。
このあたりで私は涙がこぼれそうでした。
でも事実は時に残酷です。
棚橋法の手術を受けて23年後、
患者さんは股関節の手術を他の病院で受けたのですが、
術中の医療事故により亡くなられたそうです。
「そんな馬鹿な話があるか!って怒りがこみ上げてきてさ・・」
と学院長。
医療によって救われた命が、
医療によって失われたとは・・皮肉な話です・・・。
耳鼻科領域の医師から、
あれこれ聞こえてくる数々の「棚橋伝説」。
特に有名な「ウサギで・・」の話の真実は、「研究の鬼」ではなく、
目の前の患者さんを救うために必死の「医師 棚橋汀路」だったのですね。
聴能教員P